『仮面ライダーアギト』氷川誠という豆腐をつかめない異端児について

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2001年放送の特撮ドラマ『仮面ライダーアギト』では、3人の仮面ライダーが登場する。

その中の1人、当時新人俳優だった要潤さん演じる氷川誠(仮面ライダーG3)は「仮面ライダーになろうとする男」と呼ばれている。

なぜ仮面ライダーなのに「仮面ライダーになろうとする」のか。
それは、彼は当時の仮面ライダーとしては珍しい立ち位置にいるからだ。

氷川誠は、ただの豆腐がつかめない、不器用な普通の人間ではない。

G3が過去の仮面ライダーとは違った理由

『仮面ライダーアギト』は謎の怪人・アンノウンと戦う3人の仮面ライダー達の群像劇を描く。

他の2人のライダー、津上翔一(仮面ライダーアギト)や葦原涼(仮面ライダーギルス)など、超常的な力を手に入れた者達の苦悩と成長、それにまつわる謎解き要素が展開された。

一方の氷川誠は、アギトやギルスと違って超常的な力を持っていない。
普通の警察官として、視聴者と同じ目線でアギトの謎を追う、物語の翻訳家としての役割を担っている。

仮面ライダーG3は警視庁が開発した、特殊強化装甲スーツである。
厳密にいえば「変身」するのではなく、生身の体に強化服を「装着」するのだ。

それまでの仮面ライダーは、改造手術を受けた改造人間が通例であり、わかりやすくいえば「人間と異能の境界線を越えた」存在だった。

しかし、G3は「人と異能の境界線を越えない仮面ライダー」として、当時は珍しかった。

あの有名な豆腐のシーンでわかる氷川誠の「変身」

氷川誠を語る上で欠かせないのが、その不器用すぎるキャラクターだ。
中でも有名なのが、豆腐をつかめないシーン。

(公式動画4:00〜6:38)

ただのギャグシーンと思われがちだが、劇中の氷川の台詞「こんなものはスプーンですくえばいい話だ」は非常に興味深い。

単なる器用な解決策ではなく、「できないことを前にして諦めるのではなく、自分にできる方法を考えて解決を模索していく」氷川誠の本質が表れていると感じた。

仮面ライダーG3は物語の最初、アンノウンに苦戦することが多く、葦原涼からは「(あんたは普通の人間だから)俺たちの戦いに関わるな」と突き放されるほどだった。

しかし、G3-Xへと進化し、氷川自身の戦闘経験も上がっていき、最終回ではアギトやギルスでさえも追い込んだラスボス相手に互角の戦いを繰り広げたのだ。

特別な能力に目覚めたからではない。
人間であることを捨てたわけでもない。
決して戦いから逃げずに、最後まで「ただの人間」として食らいついてきたからだ。

(公式動画11:12〜12:13)

ちなみに、G3の強化版・仮面ライダーG3-XはAI機能が装着者の限界を無視して暴走することがあったが、制御チップを使うことで氷川でも使いこなせるようになった。

ある意味で人間を超えた力を扱う難しさと、それを解決するための柔軟な知恵と工夫は装備側にも当てはまる。

劇場版『PROJECT G4』では、仮面を脱ぎ捨て「G3-Xではなく氷川誠」として、性能では格上の仮面ライダーG4と戦うシーンがある。

死に近づいてでも強大な力を求めるG4と、人間として生きる尊厳を貫く氷川。
(要さんの名演技も手伝って)単なる装備の強化だけでは語れない強さが描かれた。

(公式動画8:26〜10:03)

人間を超えたから仮面ライダーになれるのか。
それとも、人間のままでも仮面ライダーになれるのか。

先ほどの豆腐の話にたとえるなら、大事なのは、つかめない豆腐を前にして諦めることではなく、どうすれば食べられるかを考えること。

人間の枠を超えるのではなく、その枠の中で工夫し、努力し、強くなっていく。
それが、氷川誠が仮面ライダーG3に「変身」することであり、僕が氷川誠という仮面ライダーに魅力を感じたところである。

最後に

『仮面ライダーアギト』は異能力者たちの物語だけでなく、人間が人間のままで頑張る「人間讃歌」としての側面があった。

その象徴が氷川誠=仮面ライダーG3である。
アギトやギルスと立ち位置は違うが、彼もまた『アギト』に欠かせない存在なのだ。

氷川誠は、ただの豆腐がつかめない、不器用な普通の人間ではない。

仮面ライダーの「変身」の常識を覆した異端児なのだ。

(文・西森圭人)

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